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引越の手伝いで、母が宮崎から来てくれています。

娘が産まれてからの1年8ヶ月、母には本当にお世話になっていて、夫婦揃って母に甘えっぱなしです。

特に、2人目の妊娠初期のつわりの時期。長女のときよりずっとつわりがひどく、育児があるから横になることもできず、それに加えて妊娠発覚直前から怒濤のように多方面から仕事の依頼をもらっていて(ありがたいことですが)、どうにもならないくらいいっぱいいっぱいになった時期がありました。

そんなとき、ヘルプを出して飛んできてくれたのは、世界中で母だけ。

このときほど、母親のありがたさと優しさ、苦しいときに助けてくれる人がいる幸せを、夫婦で噛み締めたことはありませんでした(もちろん、気持ちよく行かせてくれて不便な一人暮らしをしてくれた父にも感謝)。

母が東京に来るたびに、その回数を重ねるごとに、娘は母に懐いていきました。今ではもうすっかり夫や私と同等。娘が懐けば懐くほど、私は楽チン!母が来たときだけはほっと一息ついてゆっくりすることができました。一人でお風呂に入れることすらありがたく思う日々!

母は、この15年で、後従靭帯骨化症、両足人工股関節置換手術、乳がんの腫瘍摘出と、3度も大手術を乗り越えてきました。辛くて人知れず涙したことも一度や二度ではなかったと思います。

でもそんなこと人には微塵も感じさせないほどにいつも明るく元気いっぱい。「孫の世話ができるから手術してよかった!」と笑って言ってくれます。その前向きさと明るさと根性に、私自身子育てをするようになってから、見習うところがたくさんあるし、支えられてもいます。

そんな母は、母自身が私の子育てで大変だったときに祖母が助けてくれたときの話をいつも懐かしそうに話してくれます。ここにも愛情の連鎖が。

自分が母になり初めて本当の意味での母のありがたさを実感して今思うことは、私も娘や息子が大きくなって孫ができたときに、同じように子どもを助けていける存在でいたいなということ。夫と2人、私たちがしてもらったことを子どもに返していけるよう元気でいなければいけないなと。

娘には元気な4人の祖父母と3人の曾祖母がいます。それって本当にありがたく幸せなこと。
宮崎に帰ったら、両家の両親にもいつでも会えるようになって、娘の毎日もガラリと変わるはず!母の負担も少しは軽くなるかな笑

夫も私も今まで自由にさせてもらった分、これからはたくさん恩返ししていきたいと思います。と言っても、私たちが何もしなくても娘がにこっと笑うだけで、4人のジジババは嬉しくて充分恩返しになっているみたいですヾ(>▽<)

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